2010年 07月 04日
予定変更して鶴岡・酒田行き
2日3日と一泊で青森の深浦まで夕陽を見に行くはずでしたが、
天気予報が最悪で、二日間とも雨ということでした。
なので急遽前日の1日に予定を変更して全行程を組み直し、
一泊で山形の鶴岡と酒田に行って来ました。
一ノ関から古川までは新幹線ですが、古川から新庄までは陸羽東線、新庄から余目へは陸羽西線、
余目から鶴岡までは羽越本線と、ほかは全部が鈍行列車の旅でした。
地元駅発車が7時12分で、鶴岡に着いたのが12時40分でしたが、
予想では曇りだった天気が外れて、蒸し暑いながら、そこそこ青空の晴れの好天になってくれました。
古川から陸羽東線で。
錦鯉で有名な岩出山。
紅葉シーズンは大混雑の鳴子温泉。
分水嶺の看板。
豪雪地帯なので、建物の一階が下駄をはいて高くなっています。
新庄駅。
最上川にかかる鉄橋です。雨で川は濁っていました。
普通の農家が駅になっていました・・・多分。
余目駅ですが、ご覧のように今回の大人の休日パス期限のラスト言うことで、
何処に行ってもシニアとミドルで溢れかえっていました。。
庄内藩の城下町、鶴岡市内です。
「蝉しぐれ」で、父・助左衛門が切腹をさせられたお寺のモデルとなったところです。
サイコスリラーにでも出てきそうなお店だな・・・と。
ホテルの真ん前にあった、JAの倉庫です。
ずらずらと町歩きの写真を載せましたが、300円で乗り降り自由のバスもありますし、
歩きでも可能な範囲に庄内藩の藩校や博物館などの殆どがありますので
列車利用の観光客には動きやすい町だと思いました。
酒井家が庄内藩主として約250年来居城とした「鶴ヶ岡城」跡が公園になっていて、
ここに今年の4月にオープンしたばかりの藤沢周平記念館があります。
全作品の展示はもとより、氏にゆかりのものがたくさん展示してありますので
ファンらしき人たちがたくさん来館していました。
また、氏の書斎がそっくり引っ越されていて、机と椅子と書棚と
畳に積み置かれた多くの書籍とでいっぱいの部屋でしたが、
広さが4畳半しかないのには驚きました。
あんな狭い部屋で・・・との勝手な思いはありますが、狭い方が落ち着くという方もありますので、
氏も、もしかしたらそうかもしれないなどと、思いながら見てきました。
天気予報が最悪で、二日間とも雨ということでした。
なので急遽前日の1日に予定を変更して全行程を組み直し、
一泊で山形の鶴岡と酒田に行って来ました。
一ノ関から古川までは新幹線ですが、古川から新庄までは陸羽東線、新庄から余目へは陸羽西線、
余目から鶴岡までは羽越本線と、ほかは全部が鈍行列車の旅でした。
地元駅発車が7時12分で、鶴岡に着いたのが12時40分でしたが、
予想では曇りだった天気が外れて、蒸し暑いながら、そこそこ青空の晴れの好天になってくれました。
古川から陸羽東線で。
錦鯉で有名な岩出山。
紅葉シーズンは大混雑の鳴子温泉。
分水嶺の看板。
豪雪地帯なので、建物の一階が下駄をはいて高くなっています。
新庄駅。
最上川にかかる鉄橋です。雨で川は濁っていました。
普通の農家が駅になっていました・・・多分。
余目駅ですが、ご覧のように今回の大人の休日パス期限のラスト言うことで、
何処に行ってもシニアとミドルで溢れかえっていました。。
庄内藩の城下町、鶴岡市内です。
「蝉しぐれ」で、父・助左衛門が切腹をさせられたお寺のモデルとなったところです。
サイコスリラーにでも出てきそうなお店だな・・・と。
ホテルの真ん前にあった、JAの倉庫です。
ずらずらと町歩きの写真を載せましたが、300円で乗り降り自由のバスもありますし、
歩きでも可能な範囲に庄内藩の藩校や博物館などの殆どがありますので
列車利用の観光客には動きやすい町だと思いました。
酒井家が庄内藩主として約250年来居城とした「鶴ヶ岡城」跡が公園になっていて、
ここに今年の4月にオープンしたばかりの藤沢周平記念館があります。
全作品の展示はもとより、氏にゆかりのものがたくさん展示してありますので
ファンらしき人たちがたくさん来館していました。
また、氏の書斎がそっくり引っ越されていて、机と椅子と書棚と
畳に積み置かれた多くの書籍とでいっぱいの部屋でしたが、
広さが4畳半しかないのには驚きました。
あんな狭い部屋で・・・との勝手な思いはありますが、狭い方が落ち着くという方もありますので、
氏も、もしかしたらそうかもしれないなどと、思いながら見てきました。
by esiko1837
| 2010-07-04 08:28