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桑の実

近所のあちこちに、放置された桑の木がたくさんあります。
普段は他のいろんな木々に混じって気が付かないのですが
実のなるこの時期なると、その存在がハッキリとわかります。
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昔は岩手の県南地域では養蚕業が盛んで、農家の貴重な収入源でした。
農家の副業として大きな役割をしめ、養蚕組合などもありました。
小学生のころ母の実家に泊まりに行くと、お蚕の部屋からザワザワザワザワと桑の葉を食む音がしていました。
祖母がいつも桑の葉をやって世話をしていたのですが、それが夜中も起きてやっていたので
祖母は何時寝ているんだろうと思ったものです。
祖父は労働が嫌いな人だったので、何町歩もの田んぼも畑も、殆ど祖母一人で働いて家族を養っていたようです。
母は6人兄弟の一番上だったので、野良仕事で忙しい祖母に代わって、5人の弟妹の世話をしていたそうです。
祖母は子供を見ている時間がなかったために目が届かず、母の妹の一人が就学前に、牛の飼い葉を切る器械で
指の一部を切断してしまうという事故がありました。
祖母はそれを一生気にしていて、百歳過ぎて植物状態になるまで「N子、悪かった。本当に悪かった」と謝っていたそうです。

毎日目にする桑の実から、大昔の記憶が蘇ったり横道に逸れたりと、暇人の脳は困ったものです。
養蚕が盛んだったこの地域には、片倉工業という大きな会社がありました。
世界遺産になった富岡製糸場の最後のオーナーですが、千厩に有ったこの会社には
中卒の女子工員さんのために、定時制高校までありました。
私が中学卒業当時もありましたが、何時まで有ったのかはわかりません。
養蚕がすっかり廃れてしまった今は、会社も無くなってしまいました。
この地が養蚕の盛んな地域だったというのを思い出すのは、今は年に一度、
放置されて栄養の足りない、小さな桑の実が成る、この季節だけです。






by esiko1837 | 2017-06-26 21:11
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