2017年 03月 11日 ( 1 )

七回忌

あれから6年経ちました。
土曜日のせいもあってか、一関から気仙沼に至る国道は車が連なっていたそうで、
うちに来ようとした友人は、横断ができなくて、しばし待ったそうです。
「帰りは遠回りでも、ちゃんと信号のある所を通る」と・・田舎感満載の発言をしていました。
最近のテレビは、ローカルでは特にですが震災関連のものが多く放送されていて
もうすぐ3月11日、今年は犠牲になった方々の七回忌だとの認識は有ったのですが
雑事に没頭していて、今日のその時刻には頭にありませんでした。
防災放送から突然サイレンが聞こえてきたので、最初は火事かと思い
次に、震災の時刻だったことを思いだして慌てて黙祷をしたのですが
目をつぶって手を合わせているうちに、涙がぼろぼろと出てきて止まらなくなりました。
最近は忘れていることのほうが多いですが、震災一か月後に見つかった友人が可哀想で
思い出しても胸が張り裂けそうになります。
陸前高田の火葬場に夕刻行ったのですが、火葬場は高台にあるので、避難所になっていました。
そこに避難されている方々の夕餉の匂いが漂っている中での、友人の火葬なのでした。
ランタンと蠟燭の灯りのもと、みそ汁の匂いがする中で友人が火葬されたことは切ないことでした。
そのあと、息子さんとご主人もご遺体で見つかったと聞きましたが、家族で助かった方は無く、
ご主人のお姉さんが、お墓を守っておられます。
友人はご主人とはいろいろあって、息子さんたちが独立したら親戚のいる遠い地に行くのが夢でした。
本気で言っているのか冗談で言っているのか、そこは本人のみぞ知るですが、
あの震災では、避難しようとして家族が一台の車に乗ったと聞いています。
最期は家族がみんな一緒だったことになります。
遠い地に行って一人で暮らす夢は叶いませんでしたが、家族一緒だったことが救いかなとも思います。
プロ並みに歌のうまかったA子さんと、また一緒にカラオケに行きたかったです。
右側がA子さんです。
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3.11の我が家です。
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by esiko1837 | 2017-03-11 21:06 | Comments(8)