<< 枝る 被災地に行ってきました >>

悲しみ

長女の友人で栃木在住のA子さんが、今頃になって被災者になりました。
被災者と呼ぶのは正しくないのですが、会社を辞めざるをえなくなったからです。
3人目の子の出産後に食品工場にパートとして勤め始めたA子さんは
その勤務ぶりが認められて、去年やっと本採用になりました。
借家暮らしだったA子さん一家は、ローンを組んで家を買ったばかりでした。
「さあ、やっとこれで安定した生活が出来る」と安心した矢先にこの地震で、
会社が「栃木産だと風評被害で売れないから」と他県にある工場での一本化を決めたそうです。
A子さんの夫は実家の仕事を手伝っているので、引っ越すことはできません。
A子さんは、まさか自分が大地震の被害者になるとは夢にも思っていなかったのですから
先行きを思って途方に暮れているそうです。
あの地震が、A子さんの暮らしの地盤を壊してしまいました。

父の弟が、震災の日に85歳で亡くなりました。
父の弟とはいっても、この叔父は小さいときに養子に出されたせいか、うちとはあまり往き来が
ありませんでした。
随分前に離婚していて、亡くなった時は都庁近くの高層ビルの15階に一人で住んでいたそうです。
亡くなった翌日に訃報を叔母が知らせて来たのですが、何しろあの大地震の後ですから
新幹線も止まっていたしどうせ行かれないので、東京の叔母にお悔やみを頼んだのでした。
後で詳しく聞いたところ、超きれい好きの叔父は、地震で揺れて壊れたものを
直ぐに全部片づけようとエレベーターで15階から何度も往復したらしいのです。
息子が駆けつけた時には、喉に食べ物を詰まらせてベッドに倒れ込んで冷たくなっていたそうです。
普通、85歳で引っ越すとしたら、ケア付きの高齢者用の所を選ぶのですが・・・。
聞けば、まだ現役で会社経営をしていたそうですから、高齢だという自覚が無かったのでしょう。
叔父も、大震災で犠牲になった一人と言えるかもしれません。
7年前までは6人いた父の兄弟が、今はたった3人になってしまいました。
一番下の叔母は大きな病気を抱えているので、兄弟の訃報は身に応えるようです。
さあ・・・しばらく休んでいた散歩を復活させて、私は元気で長生きしなくっちゃ!
そうじゃないと叔母さん達の話を聞いてあげられなくなりますからね。
f0138305_193923.jpg
f0138305_19392252.jpg
f0138305_19401410.jpg
f0138305_19403925.jpg
f0138305_1941989.jpg

by esiko1837 | 2011-04-07 19:52
<< 枝る 被災地に行ってきました >>