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五郎治殿御始末

父が亡くなってから、遺品は殆ど処分したのですが、程々の読書家だった父が遺したそれなりの量の本は、
図書館に持って行って引き取って貰いました。
その時に、私が読みそうな本は残しておいて、たまに引っ張り出して読んでいました。
その最後の一冊が浅田次郎氏の「五郎治殿御始末」で、つい先日読み終えました。
「新しき世を生きよ 武士という職業が消えた 明治維新の大失業にもみずからの誇りを貫いた侍達の物語」
と、帯に書いてある短編集です。
6編、武士の誇りを貫いた話があるのですが、中でも表題になった「五郎治殿御始末」には泣きました。
浅田氏の5代前の父祖の五郎治殿のことを、氏が曾祖父から聞いた形で書いてあります。
私が痛く感じてしまった部分の抜粋です。

「社会科学の進歩と共に、人類もまたたゆみない進化を遂げると考えるのは、大いなる誤解である。
たとえば時代と共に衰弱する芸術の有り様は、明快にその事実を証明する。
近代日本の悲劇は、近代日本人の奢りそのものであった。
 誰しも父祖の記憶をたぐれば、明治維新という時代がさほど遙かなものではないことに気づき愕然とする。
実はその驚きの分だけ、我々はその時代を遠い歴史上の出来事として葬りさっているのである。
 さほど遠くはない昔、突如として立ちはだかった近代化の垣根の前に、戸惑いうろたえながらも
とにもかくにも乗り越えた人々の労苦を、私はいくつかの物語に書いた。
 開き直って刀を筆に持ち替えただけだと嘯けば、父祖の魂はおそらく叱る気力も萎えて言うであろう。 
理屈をこねるでない、この馬鹿者と。」

発刊は、父が亡くなる一年前でした。
多分、だいぶ惚けてきていた父が最後に買った本だと思われます。
果たして父が読んだか読まなかったのかはわかりません。
大震災で原発事故があって、人類がもう一度文明のなんたるかを考え直す必要のあるこの時に、
この本を読めと、私に父が遺していってくれたような気がしてなりません。
「カメラやネットにばかりうつつを抜かしてるでない、この馬鹿者。」と。
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by esiko1837 | 2011-04-29 09:52
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